オープンキャンパス(6/13)の様子

ブログ管理人の筒井です。6月13日におこなわれたオープンキャンパスで、現代日本社会学部1年生6人と社会福祉学部3年生1人4年生1人の合計8人が、来学された高校生や保護者への応対を手伝ってくれました。そのうちの1人が当日の様子を文章化してくれましたので紹介します(当日の様子とは直接関係のないコメントも含まれていますが、原文のまま掲載します)。

本日、皇學館大学でオープンキャンパスが開催されました。本学部には40名程の高校生の方々がお越し下さいました。
 最初に講義体験ということで、橋本教授のご講義を高校生と共に拝聴させて頂きました。講義内容は「言語」に関してです。世界における日本語の重要性を主張され、日本の高度な翻訳文化を評価されました。高校生が熱心に聞き入っている様が見て取れました。本学部一期生が高校生の方に話しかけたところ、「高校と違った面白い授業だった」「高校では教えてくれないことを教えてくれた」と好評を頂きました。「言語」に関する記事は長くなるので別記とします。
 昼食の後、記念館にて専攻コース別に討論会を持ちました。筆者が配属された筒井琢磨教授、関根薫教授が担当する現代社会分野では、一人一つずつ現代社会において重要だと考えるワードを提示し、それに関して演説を行う、という形式で討論を持ちました。筒井教授が提示されたキーワードは「グローカル」です。グローカル(glocal)とは、グローバル(global 国家の垣根を超越した状態や行為)とローカル(local ある地方に限定されていること、ある地方に特有であること)を合わせた造語です。即ち、日本が海外へ進出し(グローバル化)、その地域へ浸透する(ローカル化)。今、菅総理の描く国家戦略にも、中国等のアジア市場への進出が組み込まれています。日本のアジア市場への進出は極めて重要であり、日本の経済を立て直すための重要な鍵となります。
 高校生の方からは「権利」というワードが提示されました。「権利」とは社会保障の面で非常に重要なワードです。(本学部山路教授より)日本国憲法第25条第1項では「すべて国民は、健康にして文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」とあり、国際人権規約では人間の権利を生活や生命を保証されるなど、何かをしてもらう権利(受動的権利)と意見、表現、思想信条の自由など、自ら何かをしてもらう権利(能動的権利)という2つの側面から示しています。憲法第25条第1項にある国民の権利は、「何かをしてもらう権利」(受動的権利)と解されています。この背景には近代市民社会における「生活自己責任原則」という考え方があります。例えば、生活保護法には「申請主義の原則」という生活保護運用上の規範が示されています。
 第2項には「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」とある。この第2項に関しては、常に議論の対象となるテーマがあります。第一に「国」とは中央政府を指すのか地方政府をさすのか、という問題ですが、流れは「国から地方への権限委譲」即ち「地方分権化」であり、最近では住民主体や市域主権等が強調され、公が後方支援に後退する考え方になってきています(自助、共助、公助)。地方分権化の流れは国家責任が公的責任に、公的責任が連帯責任に、連帯責任が自己責任に置き換わり、日本国憲法第25条における生存権をめぐる国民と国との権利義務関係は益々曖昧になってきている現状にあるかと思います。