経済産業省「オルタナティヴ・ヴィジョン研究会」の紹介

准教授 山中 優(政治・経済分野)

昨年7月、経済産業省において、ある研究会が組織されました。名前を「オルタナティヴ・ヴィジョン研究会」と言います。より具体的には、経済産業省の経済産業政策局にある産業構造課という部署に、この研究会が置かれています。

その研究会を構成しているのは、政治思想・経済思想・法哲学を専門とする30代から40代前半の若手研究者14名ですが、そのメンバーの1人に私も選ばれましたので、その研究会に参加しています。

自由に議論ができるよう、研究会の議事録は非公開とされていますので、ここでその議論の内容を詳しく紹介することはできないのですが、そもそも何をテーマとしているかについて紹介することは差し支えありません。

そこで今日は、この経済産業省の「オルタナティヴ・ヴィジョン研究会」で一体どんなことをテーマにしているのか、その概要を紹介することにいたしましょう。

まず「オルタナティヴ・ヴィジョン」という言葉ですが、「オルタナティヴ」というのは英語のalternativeのことで、ここでは「代わりとなる」「既存のものに代わるべき」という意味です。また、ヴィジョン(vision)はここでは「理想像」「未来像」という意味で使われています。ですから、「オルタナティヴ・ヴィジョン」というのは、いわば「既存のものに代わるべき理想的な未来像」とでも訳すことができるでしょう。

つまり、これまで日本の経済政策の指針となってきたものに代わるべき、新たな理想像・未来像を描くこと――これがこの研究会のテーマなのです。具体的には、「2020年代以降の日本の経済政策を導くべき新たなヴィジョンとはいかなるものか」ということをテーマとしています。

それにしても、なぜいま、「オルタナティヴ・ヴィジョン」すなわち「既存のものに代わるべき理想的な未来像」を、新たに描き直さなければならないのでしょうか? それは、現代の日本がまさに今、非常に大きな時代の転換点にさしかかっているからです。

たとえば、2008年秋のいわゆるリーマン・ショックに端を発する経済・金融危機以降、資本主義経済のあり方そのものが根本的に問い直されるようになりました。もしかすると今後は、GDP(国内総生産)の成長率が年率1%程度で推移するような「低成長社会」へと、日本社会が根本的に転換していくのかもしれません。

また、仮にそこまで経済成長率が伸び悩むことはないとしても、そもそもGDPを伸ばすという意味での物質的な経済成長を追求しつづけることが、はたして本当にこれからも許されるのでしょうか?

振り返ってみると、かつて20世紀の経済成長を支えてきたエネルギー源は、石油・石炭・天然ガスといった地下資源=化石燃料でした。しかし、そういった地下資源はもちろん無限にあるわけではありません。むしろ、その枯渇が21世紀のあいだに現実化するかもしれないのです。また、地下資源を開発すれば自然環境を破壊することにもなりますし、化石燃料を燃やせば温室効果ガスが発生しますから、地球温暖化=気候変動問題がますます進行することにもなるでしょう。こうした資源や環境の制約を考えると、これまでのような物質的な経済成長は、たとえ技術的には可能であるとしても、これからの時代には、そもそも目標とすべきではないのかもしれないのです。

さらに、仮にそうした資源・環境制約がなかったとしても、そもそも経済成長による物質的・金銭的な豊かさを日本でこれ以上さらに追求していったところで、それがこれからの時代においても、はたして幸福感の増大につながると言えるのでしょうか?

例えば、国連開発計画(UNDP)の調査によると、一人当たりGDPの高さは、福利(well-being)の高さとは必ずしも一致しないという結果が出ています。また、一定程度の経済成長を遂げた先進国の人々にとっては、物質的・金銭的な豊かさは、福利の構成要素としては、一般に考えられているほど重要ではないという研究結果もあります。さらに、内閣府『平成20年版国民生活白書』によると、日本の一人あたり実質GDPは増加している一方、生活満足度は低下しているというのです。

こうしたことから、最近では、HDI(Human Development Index人間開発指数)やGPI(Genuine Progress Indicator 真の進歩指標)など、GDPに代わる経済指標が盛んに提唱されるようになっています。また昨年9月には、フランスのサルコジ大統領が、GDPに「幸福度」を加味するよう提唱したことが大きな話題となりました。この仏大統領の提案は、ノーベル経済学者のJ・スティグリッツ(米コロンビア大学教授)が議長を務めた国際委員会(International Commission on the Measurement of Economic Performance and Social Progress)の報告書に基づいているとのことです。

昨年7月に立ち上げられた経済産業省の「オルタナティヴ・ヴィジョン研究会」では、以上のような問題意識にもとづいて、「2020年代以降の日本の経済政策を導くべき新たなヴィジョンとはいかなるものか」という根本的なテーマを探究しています。この研究会の構成メンバーが、実務的な技術論ではなく、政治思想・経済思想・法哲学といった思想・哲学を専門とし、あるべき価値観そのものを探求する研究者となっているのは、こうした根本的なテーマを取り上げているからです。また、その研究会メンバーの年齢層が30代から40代前半となっているのは、新しい時代感覚をもった研究者のあいだで議論を交わすことこそが重要だと考えられたからです。

これからの新しい日本を築いていくのは私たちです。高校生のみなさんも、この現代日本社会学部で、根本的な転換期におかれた現代日本が進むべき新たな道について、一緒に考えていきませんか?